負けて「悔しい」という気持ちを味わった習い事はバドミントンだけでした 元バドミントン日本代表・髙橋礼華(前編)|子どもの頃こんな習い事してました #33

 スポーツ界の第一線で活躍しているアスリートに、幼少期の習い事について訊く連載。自身の経験を振り返っていただき、当時の習い事がどのようにその後のプレーに活かされたか、今の自分にどう影響しているかを伺います。

 第33回は、元バドミントン日本代表で、松友美佐紀選手とダブルスを組み「タカマツペア」として活躍、2016年のリオデジャネイロ五輪 女子ダブルスで金メダルを獲得した髙橋礼華さん。小学1年生からバドミントンを始め、4年生の頃には全国大会で優勝したという髙橋さんは、スイミングも習っていたそうです。その経験は役立ったのでしょうか?

スイミングの経験が、選手引退後に生きた

――子どもの頃、どんな習い事をしていましたか。

小学生になってから、バドミントンとスイミングスクールとピアノと公文に行っていました。小学校4年生の頃に、バドミントンで初めて全国大会に出場して優勝。そこから「もっと強くなって結果を出していきたい」と思い、お母さんに「習い事はバドミントンだけにしたい」とお願いして、公文だけを残し、スイミングとピアノはやめました。

――スイミングとピアノは自分から「習いたい」と思って始めたのですか。

はっきり覚えてないんですけど、ピアノは自分から「習いたい」と言ったわけではなかったと思います。ヤマハのグループレッスンから始めて、その後個別で教えてもらうようになったんですが、ピアノを楽しんでやっていたという感じではなかったように思えます。スイミングは楽しかったです。妹(バドミントン選手である髙橋沙也加選手)は水が嫌いだったようですが、私は水を怖がったこともないですし、割とすぐに泳げるようになった記憶があります。バタフライを習う直前でやめちゃったので、バタフライ以外は泳げます。

――ピアノやスイミングが競技生活に役に立ったと感じますか。特にスイミングはさまざまなスポーツのトレーニングとしてもいいと聞きますが。

あまりないと思います。スイミングを習っていたから肺が強いとか、肩甲骨が柔らかいとかいうこともないですし。バドミントンはスポーツの中でも特にハードで練習量も多い。どちらかというと走り込みの方が役立つと思う。

――では、小学生のころはスイミングは息抜きのような感じだったのでしょうか。

そうですね。小学校当時はそういう感じでしたし、競技を引退してから妊娠する前まではよく泳いでました。引退するとどうしても体重が増えてしまうので、体型維持のためにジムに入会してランニングを30分くらい、その後、体幹を鍛えてプールに行くということをよくやっていました。そういった意味では、スイミングを習って泳げるようになっていてよかったと思います。

――お父さんは野球、お母さんはバドミントンを長く続けていたそうですね。遺伝的に身体能力が高そうです。

お母さんは中学校ではバドミントン部がなかったのでブラスバンド部で、高校に入ってまたバドミントンを再開し、その後、ママさんバドをしていました。でも、両親2人ともそこまですごい結果を出したということではないと思います。ただ、私も妹も身長は低くない方ですし、けがが少ないという点では親がスポーツをしていたことと関係しているのかもしれません。

――子どもの頃、やはり体育は得意でしたか。

小学校の体育は、跳び箱やマラソンの記憶くらいしかないのですが……。跳び箱は比較的跳べましたし、走るのも割と速くて学校のマラソン大会で1位になったことがあります。ドッジボールもすごく好きでした。でも不器用だと思います。バドミントン以外はほんとセンスない。不得意はバスケ。バスケってすごく走るじゃないですか。バドミントンもすごい走るので、同じように走るのはキツいなって。

親から「練習しなさい」と言われなくても練習する子でした

――バドミントンはお母さんの影響で始めたそうですね。

はい。6歳のころからママさんバドについて行くようになって、そこに同い年くらいの子どもたちもたくさんいたので、ラケット持って遊んでるうちに、本気になっちゃった感じです。

――そこから急成長を遂げて、小学4年生のときにはもう全国大会で優勝しています。当時、自主練をかなりしていたとか。

そうですね。バドミントン人生の中で、小学校のときが一番自主練しましたね。当時、身長が前から2、3番目と低く、戦う相手が同い年でも私よりも身長が高い人ばかりだったんです。体が小さい分、速いスマッシュは打てないので、コートの中を誰よりも走り回ろうと、練習が終わってから走り込みをしたり縄跳びをしたり、技術を磨くために庭にネットを張ってもらって妹と打ち合ったり。勝つためにどういう練習をすればいいかよく考えていました。

――小学生の時点でそんなにいろいろ考えてたんですね。

性格がすごく負けず嫌いなんです。自分の体格やプレースタイルと似ている選手のビデオをお母さんに録画してもらって、次の日真似して練習することもありました。親に「こういう練習をしなさい」と言われなくても、自分で考えて練習する子でした。

――バドミントンのどんなところに魅力を感じていたのでしょうか。

やっぱり全国大会で初めて出て優勝できたことが大きい。自分の力が全国に行って通用すると知って、それまでよりもっともっと楽しくなって、5年生、6年生になってもずっと一番で居続けたいと思ったんです。負けるのがすごく嫌だと思ったことを覚えてます。

――スイミングやピアノでは「もっと極めていきたい」という気持ちにはならなかった?

私が通っていたスイミングスクールは大会に出ることはなかったですし、ピアノも発表会はあったけれど成績が付くわけではなかったので。バドミントンはやったらやった分だけ結果が出る。それがすごく楽しかった。負けて悔しいという気持ちを味わえるのも、習い事の中ではバドミントンしかなかった。だから、自分の中で「これだ」となったのだと思います。

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